◎ 合格者の声


なぜ中検を受験したのか

鈴木 高弘

60代半ばを過ぎたが,現職の高校校長として勤務している。今年,一念奮起して中国語検定に挑戦し始めた。最近中国を訪れる機会が多くなったが,中国語を学習しようという気持ちは乏しかった。しかし,中国現地の目覚ましい発展や変化,外国人への開放が進む地方の姿を見ている内に,意識に変化が生じた。
私は年齢的に限界を超えているけれど,生徒の未来はこれからなのだから,日中関係の将来を考えれば,英語に次ぐ大言語として中国語を学ばせることは決して無駄ではない。
私の勤務校は大学附属の高校なので,学校魅力化策として一定の学習成果を検証できれば,大学の外国語単位として先取り認定して貰えないかと以前から考えていた。しかし具体案を伴わない提案では,大学側を説得するのが難しい。それが,先ずは私自身中国語検定を体験してみようと考えた理由である。
言語は早く学び始めた方が身に付き,使いこなすことで夢が大きく広がる。中国語検定受験を決意したときから,自校の講座を利用しながら独自の学習プランを立てた。同時に,自分が受験することを教員や生徒に公言し始めた。校長訓話,職員会議,ブログなどでも。つまり退路を断って,我が身を受験に追い込んだのだ。
4級は何とか突破できた。その喜びに浸る間もなく,当面の目標である3級の受験準備に取りかかった。一日,2時間以上の学習,通勤時はリスニング対策,懲りもせずに,再び「中検3級を受ける」という決意を全生徒に公言した(英検受験者へのエールの意味もある)。出勤後の1時間,帰宅途中で1時間以上・・・・・・,頭脳明晰な若者とは違って老いの身には努力しかない。
その試験が先日終わり,途端に気が抜けた状態になった。学ぶことの楽しさを十分体験し,時間の使い方にも無駄がなくなった。
世は「韓流」ブームであるが,私はいまこそ中国語を学校現場に定着させなければと確信している。生徒のためを考えれば,個々の教師自身も学び続ける姿勢が必要だ。合格することではない,学ぶことが大切なのだ(3級不合格時への言い訳・・・・・・)。

中国語検定試験への挑戦

鈴木 一男

4000年の歴史をもつと言われる中国に興味があったのは事実だ。
70歳に近くなった。何でもいいから学習しようと思い立つ。中国語に挑戦する前年,67歳の時だ。何か学習しようと考えたあげく,行政書士試験に挑戦する。挑戦の結果,100点満点の試験で35点,もちろん不合格だ。再度,挑戦をこころみようとしたが,70歳近い老人が憲法を暗記し,憲法第9条をすらすら言えるようになってどうなるのか?もっともっと遊びながら有意義に学習できるものはないのか?自問自答の結果,そうだ!中国語だ!中国語を少し話すことができれば,隣国への「中国旅行」が楽しくできる。
単純な発想だが,中国語検定試験に挑戦することにする。生意気だが,入門の準4級は飛ばして4級に挑戦することにした。4級の最低必要単語600語,リスニング問題,筆記問題と独学で学習を始めた。
楽しみながらの学習。準備期間は約1年。
初めての挑戦。試験開始,まずはリスニング試験が始まった。全然分からない。ちんぷんカンプン,こりゃだめだ!自信を失った,しかし,最後まで頑張った。
結果がリスニング試験100点満点中,たった5点。筆記試験100点満点中34点,合計得点は200点満点中39点だった。全くの完敗だ。
懲りずに,1年後の試験を目指すことにした。勉強方法を変えて3級を目指すことにした。3級を目指して学習すれば,4級は何とかなると考え,4級の学習は試験の1ヶ月前にすることにした。文法をしっかり学習し,他の学習は自由気ままに自分勝手に学習した。
再度,試験に挑戦する。やはり難しい。試験を受けながら,次回に挑戦持ち越しだぁ!と考えていた。
帰宅後,家族に「だめだった」と報告した。2、3日過ぎてから,次回の試験のため,ぼつぼつ学習を始めた。
12月,試験結果の通知が届いた。開封してビックリ,リスニング試験60点,筆記試験64点で,合格証明書がついている。うれしかった。最低の最下位合格だと思う。まぁいいや,合格なんだ。
さて,今年は3級に挑戦するつもりだ。さぁ今年も中国語の学習をするぞ!

忘れられない誉め言葉

與儀 真里奈

私は,大学2年生の時に受けた中国語の講義で言われた誉め言葉がうれしくて今でも忘れられません。まず,私が中国語を勉強するきっかけからお話します。
この文章をご覧になっている皆様の中国語を学ぶきっかけとなったものは何ですか。大学での第二外国語選択だとか,仕事の赴任先が中国だからだとか,中華料理を毎日食べても飽きないほど好きだからだとか色々あると思います。
私の場合は,小学生の頃に見た台湾ドラマです。私は小学生の頃,テレビを見ながら宿題をするのが日課でした。本当は,勉強をする時はテレビを消した方が良いのですが・・・哈哈哈。このあまり良いとは言えない習慣が,「中国語を学びたい」という意欲に繋がりました。
小学4年生の頃,学校から帰ってテレビをつけると,たまたま台湾ドラマの『流星花園〜花より男子』が放送されていました。ドラマの内容がコミカルで面白く,登場人物の性格がそれぞれ個性的だったので,すぐにそのドラマに夢中になりました。それから,毎週そのドラマを見ているうちに主題歌の『心ならずも/清非得已』という曲が好きになりました。「この歌の意味は何だろう?」「歌詞カードは中国語で書かれているなあ,中国語って面白そうだなあ」などの好奇心から中国語に対する興味が生まれました。しかし,当時は中国語を本格的に学習するには至りませんでした。
本格的に中国語の勉強を始めたのは,高校2年生の4月です。きっかけとなったのは,ある一冊の本でした。その本は『中検4級3級徹底攻略中国語単語2000』です。私はこれを学校帰りに立ち寄った本屋さんで購入しました。私はその本を見つけた時,初めて中国語検定というものがあるということを知りました。それまでは,中国語の検定の存在を知らなかったのです。それから,検定を取得するのなら履歴書に書けるレベルに合格したいと思い,中国語検定3級の問題集を購入しました。その問題集に掲載されている中国語検定3級の認定基準「一般大学の第二外国語における第二年度履修程度」を見て,私は「高校生で中国語検定3級に合格すればきっと地元の新聞に掲載されて,担任の先生から褒められるかもしれない」と思いました。私は当時,友達が少なく,ちょっと変わった子として周りから見られていましたので,誰かから褒められたいという気持ちが強かったのです。中国語検定3級は3回受験して,3度目の受験で合格しました。高校生のうちに合格するという目標は達成できましたが,地元の新聞に載ることはなかったです。因みに,高校生の頃は独学で中国語を勉強していました。独学で勉強することの一番の楽しみは,自分が覚えやすい勉強方法を考えながら学習することです。例えば,テキストを見ながら問題を作ったり,ディクテーションをしてみたりします。
大学の第二外国語ではもちろん中国語を選択しました。大学2年生の中国語の講義ですごくうれしいことがありました。それは,暗唱テストで「発音がきれいでびっくりした」と先生から褒めてもらったことです。その褒められたフレーズは,“我从来没吃過好吃的菜”です。なぜ卒業した今でも覚えているのか不思議ですが,多分私はそれくらいうれしかったのだと思います。何かでつまずいたり,くじけそうになった時は先生からその言葉を言われた瞬間を想い出して励みにしようと思います。

生活のリズムを変えて3級合格

大田 攻

70歳を目前に何としても3級を成就したいものと一念発起し,方策を練ることと致しました。準4級,4級と順調にクリアーしてきましたが,3級の壁は私には思いの外高いものだと実感しました。
振り返ってみますと私と中国語との出会いは前職場で中国人研修生を雇用し,彼らと直接接する機会に遭遇したことであります。私の長男と同世代の子が親元を離れ3年間の研修生活を異国の地で過ごすことに他人事とは思えぬ感情を持ったものです。たまたま,彼らを指導教育する立場にいた私は機会あるごとに彼らに接してきました。いかんせん中国語といえば「ニイハオ」と「シエシエ」くらいしか知識はなかった私,彼らとの移動中,あるいは業務上の伝達等が生じたとき常に感じていたことですが,こちらの意図する事や意思がほとんど伝わっていかないことにじれったさを感じていたものであります。また移動中の車中で彼らが交わす中国語での会話を傍らで聞いていて,私にはもちろん,まったく通じるものでなく,会話の中に入れない「もやもや」を感じていたものであります。「何とかこちらの思いの一端くらいは伝えられないものか」と切に感じるようになり,彼らとの距離を縮めるには,こちらから歩み寄る,つまりこちらが中国語を学ぶことも一つの方法ではないかとの思いに到達したのであります。早速書店で中国語の入門書を買い求め独学で勉強を始めた次第です。その後定年を迎え,たまたま縁があり中国人研修生を扱う団体にお世話になり,これを機会に本格的に中国語を学ぶ決心をしたものです。「職場で中国人の生の声が聴かれる」ことの喜びを感じたものです。
さて,冒頭の3級の壁を打破するために私の採った方策は「生活のリズムの主体を中国語漬け」に変えることでした。具体的な方策,その1,朝晩の車での通勤時間(片道45分)にカセットを繰り返し聞く。その2,朝食の段どり(料理は妻),夕食後の皿洗い時にリスニングの問題を聞く(約40分)。その3,問題集を常に携帯し寸暇を惜しみ読む。その4,リスニング問題の解答を暗記し筆記問題の答えをも暗記する・・・2種類の問題集を毎日必ず2時間勉強。
このような手法で私は中国語の勉強を生活の一番に位置づけし,70歳での3級合格は叶いませんでしたが,71歳3か月にして3級を取得しました。
現在も時々職場を訪ね,要請があれば中国人研修生に日本語はもちろん日本の文化や生活習慣などについて教える機会があります。3級を取得したことにより,何とかこちらの意思が伝わるようになったと自負しております。中国語を勉強するようになって,益々中国語の奥の深さ,漢字文化の広さを痛感しており,中国語の勉強はまだまだ緒についたばかりと思っています。
私の書斎もこれを機会に,これまで集めた中国関連のグッズ(多少の書,絵あり)で模様替えし,時々二胡のCDを聴き中国関連の書物,そして叶わぬかもしれませんが中国語検定2級への挑戦を始めたところであります。4字熟語,3字熟語・・・・・・と際限なく広がる中国語にどこまで自分が挑戦できるか,自分を試してみたいと思っております。

根性

中小原 里奈

私は,中国語を学び始めて半年で3級に合格しました。これは自慢でも何でもありません。誰でも,根性さえあれば,3級は合格できるということを実証しているのです。
勉強を始めた頃は,リスニングは全くと言っていいほど聞き取れず,私はとても悔しい思いで毎日を過ごしていました。
ある日,どうしたら聞き取れるようになるのか先生に尋ねてみました。すると,「毎日,同じテープでも良いから,テープがすり切れるくらい中国語を聞きなさい。」というアドバイスをいただきました。それから,先生のおっしゃるとおりに,毎日同じテープを朝,昼,晩,テレビを見ている時も,食事をしている時も,また入浴している時でさえ流していました。それを,1か月1日も欠かさずに続けていました。
すると,ある日突然,中国語が日本語のように聞き取れるようになりました。それからというもの,他のテープを聴いても,わからない単語以外は何とか聞き取れるようになりました。
私が皆さんに伝えたいことは,「できない」,「わからない」くらいのことで,すぐにあきらめてはいけないということです。誰にでも,大きな壁にぶち当たることがあります。そこで,「負けないぞ」という強い意志と燃え上がる根性があれば必ずや,壁を乗り越えることができるでしょう。

古稀を前に中検2級に合格

北川 幹雄

65才で退社したとき,折よく自宅近くで始まった中国語入門講座に参加することができました。講座は月2回しかなかったので,毎日,NHKラジオ講座を聴き始めました。最初は初級を聴き,やがて中級を聴くようになり,しばらくして週1回は中国語中級教室に通うことにしました。その後,力試しに中検3級を受けてみたところ,高得点で合格しました。中国語を始めて2年9か月でした。望外の結果に次は2級取得を目指して学習を始めました。
ところが2級の壁は厚いものでした。中国語教室で先生から様々な説明を聞き,トレーニングブックで文法・語句を学習し,日文中訳を繰り返し練習しているうちに何とか筆記試験は合格点が取れるようになりました。しかし,リスニングは合格点が取れません。特に長文のリスニングが苦手でした。
リスニング練習は「トレーニングブック」「読本『聴読』」「過去問」を3点セットにして繰り返し聴くという方法でした。100回を目標に毎日聴きましたが,なかなか上達しません。そこで“听写”に取り組みました。確かに“听写”はいい,聴きとれていない所がよくわかる。しかし,中国語のスピードが速くなってくると“听写”の限界を感じました。
次に「音読」に取り組みました。音読学習は毎日,3点セットの1日分を1回目はCDを聴き,2回目はCDと一緒に音読し,3・4回目はまた聴くか音読するという要領です。時には別に何回も音読します。中国語のスピードが速くなると,ピンインをよく確認し,別に練習してからでないとCDについていけないからです。音読していると,中国語の語句の使い方,よくある言い回しにも気がつくようになります。音読練習は1日2時間から3時間,1年ほど続けました。
いい文章,気に入った話は何度音読しても飽きません。しかし,いつまで続けたらいいのだろうかと思いはじめたある日,毎回挑戦している過去問で突然合格点が取れたのです。別の過去問をやってみるとやはり合格点でした。中検2級を受験することにしました。筆記試験はぎりぎりでしたが,リスニングは80点で合格でした。3級取得から2年,過去問は12回分をやっていました。
2級取得後は聴力アップや会話力アップのための学習を続けていましたが,70歳の誕生日が過ぎて,寄る年波に負けそうな中,現在は中検の「次」を目指して準備をすすめる毎日を送っています。

破釜沈舟の決意

成田 章江

「“破釜沈舟”ということばを知り奮起した。」ある日,テレビ番組の中で耳にした,中国の演劇界で活躍する日本人青年の発言でした。ことばの壁を克服し,異国の地での活躍を志す青年の口調には,ことばに対する畏敬の念すら感じられました。このひとことで彼は挫折感から救われ,新たな決意に目覚めたのだそうです。
中国語の勉強は,歯磨き,洗面と同様に日常生活の中にしっかりと根付いていると感じている私でしたが,中検2級の壁は厚く高く,すでに8回目の挑戦に破れ,意気消沈している最中のことでした。家事、仕事、学習の3本柱をすべて堅牢なものとするのは至難の業。しかも老眼に悩まされるのも道理の今年で50歳。この努力に報いてくれる神様はいないのか……。“破釜沈舟”を覚悟しての旅路は単なる高望みだったのか……。ところがまさに不退転で臨んだ9回目の試験で見事合格することができたのです。苦労を知る友人からは「満身創痍の末の合格こそ偉大だ!」というこれ以上ない祝福のことばをもらいました。
中高年になって中国語学習を始め,2級の壁に挑む方の励みになればとの思いで投稿いたしました。これからも精進を続け,いつかはさらに上級を目指したいと新たな船出を決意しました。中検万歳!人生に乾杯!万事如意!

中国語学習のミソ

山田 平

中国語の習熟度を測る物差しとして,「成語」と「発音の正確さ」があると感じている。中国語では,日本で言うところの四字熟語やことわざが,会話でも多く用いられる。日本語の日常会話で四字熟語やことわざを多用すると,学があるところを周りに見せつけてやろうという,どこか嫌味な感じがあるが,中国語においては生活の中で用いられるものがとても多いため,それほど嫌味な感じはない。「莫名其妙」や「順其自然」はその典型であろうか。
また,中国語母語話者は,正確でない発音で中国語を話されることを嫌うことが多い。他の外国語と比較しても,中国語の発音の難易度は高いが,彼らの目は厳しい。「そんなに汚い発音なら話さなくて結構!」と思う者も少なくない。中国語の非母語話者である私たちの中国語を,現地で受け入れてもらうためには,正確な発音で話し,更に,欲を言えば成語を上手に使いこなすことが要求される。
私事ではあるが,台湾へ1年間交換留学をした際に,これらのことを強く感じた。留学前に自分の中国語を日常会話に不自由しないレベルにまで上げたうえで,最初にぶつかった壁が成語である。最初は相手が使う成語とおぼしき言葉が何を言わんとしているかが理解できず苦しんだ。しかし,学習が進んで次第に理解できるようになり,更に自分もある程度使いこなせるようになると,少ない文字数で言いたいことを表現できる便利なものだと感じるようになった。その壁にぶつかって以来,中国語を聴く時や読む時には成語に注意する癖がついた。ノート代わりに作った成語だけの暗記カードも,数か月でいっぱいになった。日常生活で接する成語の数が多い証拠である。
発音においての難しさも,留学中に改めて実感した。anとangの違いや,zhi、chi、shiの正確な発音など,母語話者は常に私たち学習者の発音に目を光らせている。これらが全体的に正確でないと,彼らのイライラが募り,“我聴不憧ni在説什麼!”とつき返されてしまうことになる。「通じればいい」という正論はなかなか聞いてもらえず,日々の意思疎通に苦労する留学生を多く見た。また,母語話者からの「日本人の中国語の発音はひどい」というクレームも多く耳にした。中国語学習において発音に重きを置くことは,単なる「ネイティブ気取り」ではなく,彼らとの円滑な意思疎通において不可欠なことである。
帰国後に受験した中検2級の試験問題にも,成語が関係した問題があった。中国語検定においても,成語は2級以上において求められる能力の一つなのであろう。幸いにも,私は成語の重要性を留学中に叩き込まれていたため,この配点は取りこぼしなく,結果的に合格できた。留学先で学んだことが間違っていなかったことを,試験問題を通して感じることができた。日本における中国語学習では,成語やその重要性に触れる機会は決して多くないが,それらに加えて正確な発音を意識して学習することで,中国語をきちんと習得できるのではないかと考える。

中国語とのつきあいを振り返る

齋藤 真希子

中国語を学び始めてかれこれ20年余りになる。飽きっぽい自分がなぜこれほど長く続けているのか自分でも正直よくわからない。もっとも20年といっても毎日欠かさず勉強してきたというわけでもない。猛然と勉強していた時期もあれば,壁にぶつかって全く勉強しなかった時期もある。どちらかと言えば壁と向き合っていた時間のほうが長かったかもしれない。それでも何とはなしに続けてきた理由はなんだったろうか。
中国語を始めたきっかけは,大学の第二外国語が独語と仏語しか選べなかったことにある。昔も今も英語が天敵の自分が独語や仏語を理解できるとはとても思えず,かといって大学生になって第二外国語を履修していないのも格好が悪い。ならば以前から興味のあった中国語を自分の第二外国語にしよう,と勝手に決めてラジオとテレビの中国語講座で勉強を始めたのがそもそもの始まりだった。
ちょうど中国語検定の認定基準は4級が大学の第二外国語1年履修程度,3級が2年履修程度だったから,大学で勉強しなくても,1年で4級,2年で3級に合格すれば,堂々と「自分の第二外国語は中国語」と言えるだろうと考えた。学生時代は試験慣れしていたこともあったのだろう,4級も3級も無事合格できた。当初の目的からすれば,この時点で勉強をやめてもよかったはずだがそうはならなかった。結局3年目には準2級(当時・現2級)に合格している。その頃には第二外国語はもうどうでもよく,ただ中国語がうまくなりたかった。
そうなった原因の1つは大学2年の夏に初めて行った北京旅行だったと思う。当時中国旅行は今ほどメジャーではなく,しかもツアー参加者の多くは年配者で若者はめずらしかったらしい。この時ツアーに参加したのは私たち姉妹だけだったが,私が中国語を勉強しているというと,現地ガイドは面白がって「あれ読めますか?」「これは何という意味かわかりますか?」と行く先々で中国語の先生になってくれた。自分たちだけで土産店に行って私がなけなしの中国語を話すと「日本人?」「留学生か?」「中国語が話せるのか?」と店員にめずらしがられた。中国語を勉強していると,自分は正しいつもりで発音しているこの言葉が果たして本当に通じるのか,いつも試してみたかったが旅行中はまさに試し放題だった。自由時間に自力で動物園に行った時の達成感は何とも言えないものがあった。その後仕事や旅行で何度も中国を訪れたが,言葉が通じた時のうれしさ,言いたいことが言えなかった悔しさは,いつも中国語を勉強する原動力になっていたと思う。
最初の北京旅行から帰るともっと中国語が勉強したくなり語学学校を探した。そこで出会ったある中国語学校が,中国語を続けることになったもう1つの原因だったと思う。他にも何校か体験授業などに行ったのだが,すでに1年半ほど勉強していたこともあってまったくの初級クラスは物足りなく感じたし,かといって通訳者や翻訳家を目指す学校は逆に難しすぎる気がした。その中国語学校はちょうど半年間初級クラスで学んだ人を対象に,初級クラスの後半というレベルの授業が秋から始まるところだった。クラスの途中から受講してついていけるのか不安はあったが,授業料が破格だったこともあって受講してみることにした。自分にとって初めての同学たちは年齢も職業も中国語を勉強する目的もバラバラだったが,それぞれが自分のペースで自分なりのやり方で勉強していた。そんな姿をみて自分はなんのために中国語を勉強するのか,通訳者や翻訳家を目指すわけでもないのに勉強を続けてどうするのか,そんな迷いがなくなった。中国語を勉強したいから勉強する,もっとうまくなりたいから勉強する,それでいいと思えるようになった。結局初級クラスに続いて中級クラスも何クラスか受講したが,ここでは中国語の授業はもちろん,先生や同学たちから中国の話を聞くのがとても楽しみだった。中国語だけでなく中国そのものへ興味が広がったことも中国語を続けることになった原因だと思う。ここで知り合った先生や同学の中には今でも連絡を取っている人が何人かいる。それほど自分にとっては貴重な体験だったのだと思う。
大学卒業後,半年間の北京留学を経て大学の専攻とは全く関係のない日中関係団体に就職した。軽い気持ちで始めた中国語がこんな形で自分の人生に影響を与えることになるとは思ってもいなかった。その後転職し,中国語をまったく使わない職場で働く日々が続いてもなんとなく中国語は続けていた。すると不思議なもので再び中国語を使う職場で働く機会が巡ってきたりするのだ。仕事の都合でそれまで興味もなかった中国語を勉強している職場の人たちに触発されて再び中国語検定に挑戦してもみた。就活中の学生でもあるまいし何を今さら,と言われたし自分でもそう思わないでもなかったが,2級と準1級,ともに合格するとやはりうれしかった。
言語の学習には限りがない。勉強しても覚えきれない言葉は山ほどあり,さらに新しい言葉は日々生まれていく。仕事のため,或いは日中友好の理想のためなど明白な目標があれば挫折を乗り越えて勉強を続けることができるかもしれない。しかしただ言葉を習得することだけを目標にするとすぐに壁にぶつかってしまう。私も何度も壁にぶつかってきたが,それでも気づくと中国語を続けている。そこには目的は違っても同じく中国語を学ぶ人の存在と,中国そのものへの興味があったように思う。実は最近少し中国語から遠ざかっている。しかしきっと何かのきっかけで再び中国語を勉強し始めるだろうと思っている。これまでもそうであったように。

目指すは通訳捜査員─中検準1級に合格して

吉田 和也

中国語を勉強しようと思ったきっかけは幼い頃からずっと夢みてきた警察官という職業で生かすことができると思ったからであります。近年在日外国人の割合で韓国を抜いて一位となったのは中国であり,この中国の経済発展の目覚ましい成長の中で中国語を習得するということは貿易関係の会社に携わる方だけでなくさまざまな方面で利用することができると思います。
大学1年生ももう終わる頃の春休みに大学の短期留学に参加し台湾を訪れ,それまでほとんど中国語を勉強したことがなかった自分は台湾大学日本語学科の学生と全く中国語で会話することができず,少し恥ずかしい思いをしましたが,初めて異国の学生と交流ができとても楽しいものとなりました。
帰国してから,私は法学部ですのでほぼ独学で中国語の勉強を始め,一年後には中検3級を,それから一年間は北京に留学に赴き,帰国してから中検準1級に見事合格することができました。
準1級には参考書が過去問しかなくリスニングでも書き取りが課されますので,ただ新出単語を丸暗記して合格することができるというものではなく,中国語の総合力が問われます。そのため日々中国語の語感を養う努力を重ねる必要があると思います。
私は今も実際の会話の中で知らない単語などがよくでてくることがありますが,そのようなときは前後の流れからそれが名詞か動詞か良い意味か悪い意味かなどの予想をする習慣をつけています。そのため語感を養うにはやはり中国の方と実際に交流をして,少しでも多く実際に喋って覚えた単語などを使ってみることをお勧めします。
その他,準1級には成語なども多く出題されますが,これには苦手意識を持たずに成語の背景にある物語から理解していくと覚えやすいと思います。例えば“愚公移山”という成語は愚公という名前のおじいさんが家の前にあった山を日々少しずつ削り違う場所に移動させようとしたとき周りの人達は愚かな行為であると馬鹿にしましたが,愚公の頑張りに感銘を受けた神様が山を移動してあげたという物語で,この成語はうまずたゆまず努力を重ね続ければ何事も成し遂げられるという意味になります。
中国語検定は自分の中国語力を試せる良いテストで,検定の参考書で覚えた単語も実際の会話の中で使えるものが多く,検定の対策をしながら単語力を養えたように思います。
目標達成を目指し,これからも日々頑張りたいと思います。

中国語検定準1級に合格!

美好 慶弘

1年ぶりに中国語検定試験準1級に再挑戦した。横浜中華街の朝陽門側にあるワークピア横浜会場で受験することになった。試験は午前10時に始まるが,その日は開始の1時間も前に会場に着いた。朝の中華街は,まだ観光客があまり到着していないためか,通りを歩くと,店の中から中国語がよく聞こえてくる。会場まで,ちょっとした中国旅行の気分を味わえるのは,この横浜会場の魅力だ。
午前10時,試験開始。まず,リスニング試験が始まった。放送で流れる中国語を聴き,それを解答用紙に書き写す作業は,集中力を要すると共に,予想以上に指先が疲れた。リスニング試験終了後,休む間もなく筆記試験が始まった。中でも,四字成語や慣用句が難しい。最終問題の中訳は,60〜90字程度の日文が3題出題され,以前よりも文章レベルが高いように思われた。
試験結果の通知が届き,開封して驚いた。リスニング89点,筆記83点で,合格証明書が付いている。苦手だった日文中訳は,20点中18点。1年ぶりの再挑戦で合格することができ,本当に嬉しかった。
現在,準1級用の受験対策本と称する問題集は,ほとんど市販されていない。過去問の問題集は多く市販されているが,準1級以上のレベルになると,過去問が再び出題される可能性は低い。そこで私が実際に使い,役に立った参考書をこの場で紹介したい。
◇漢語口語速成・高級編(北京語言大学出版社)
◇おぼえておきたい中国語慣用句300(光生館)
◇珠玉の中国語エッセイで学ぶ長文読解の“秘訣”―中級から上級への橋渡し(アルク)

中国語の道,なお険し

多田 州一

中国語は15年かかる。
これは,日本中国語検定協会の上野惠司理事長のおことばである。
わたしも中国語をすでに15年間勉強している。大学の選択中国語を履修したのがそもそもの始まりだが,その後も各種の検定試験やコンテストへの参加,あるいは中国滞在を通じて,ずっと中国語の勉強を続けてきた。
そんなわけで,中国語はいまやわたしにとって唯一の特技(?)となっているのだが,こんなに長く中国語の勉強を続けてきた人も周りにあまりいないせいか,地元では多少知られるようになってきている。
だが,実のところ,自分ではまだ「道半ば」であると感じている。中検でいうと,先日の試験では,数年ぶりに準1級の資格を更新したが,残念ながら決して楽勝といえる結果ではなかった。歯ごたえのある問題に接し,中国語の奥深さをあらためて思い知らされたのであった。
とはいえ,ここまで続けてくる道のりも,決して平坦なものではなかった。
当初は,発音はもとより,なにもかもが難しく感じられ,授業では一応合格点は取っていたものの,実践的な会話などまったくできなかった。それどころか,「君の中国語はさっぱりわからない」とか,「かれ(友人)のほうが上手だ」と中国人に言われてしまい,落ちこんだことを覚えている。
しかし,比較的早い段階での訪中が実現し,現地の友人を得たことが,わたしの人生の転機となった。言うならば,中国人との意思疎通を円滑なものにしたいという強い願望が生じたゆえに,長い時間をかけて「中国語力」を磨いてきたのである。
そのわたしが言えることは,外国語(中国語)を習得するには,「興味ないし情熱をもって楽しく勉強する」のはもちろんのことだが,同時に「少々の苦労にもめげない心」と「あきらめないで続ける気概」が必要である。
いま,わたしは中国の大学で教鞭をとり,日本語専攻の若者たちに,日本語と日本文化を教えている。授業中,基本的には日本語を使うことにしているが,必要に応じて中国語も併用する。中国語はわたしの仕事にとって,すでに欠くことのできない道具となっており,日中友好の促進にも大きく役立っている(ことだろう)。
他方,自分自身が中国語をさらに理解し,その運用能力高める努力をしていくことで,教え子たちに質の高い語学教育を提供していきたいと思っている。そのためには,今後,1級という最高峰を目指したいところだが,現時点では頂上など見えるはずもなく,依然として険しい山道の途上にある。
わたしの挑戦はこれからも続く。



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